セルティックFCの歴史 -2000~2001年編-
日本でも中村俊介が在籍していることで人気があり、
長い歴史を誇る名門クラブのセルティック。
ここでは、そんなセルティックの、
2000年~2001年についてその略歴をご紹介したいと思います。
●2000年●
2月に開催されたスコティッシュ杯に於いて、
格下のインバネスカレドニアンシッスルに敗れました。
そして、ジョーン・バーンズ監督は辞任してしまいました。
チャンピオンシップではレンジャーズに続く2位となりましたが、
得点差がなんと21点というとんでもなお大差をつけられて、
99/00年シーズンを終える結果になりました。
夏にはマーティン・オニールが新監督に就任し、
ダルグリッシュの辞任直後に全面的なサッカーの指揮官となりました。
オニールは、イングランドのクラブと、
関係を持つ監督として、非常に素晴らしい評判を確立しています。
8月のセルティックパークに於けるレンジャーズ戦では、
6-2の快勝をもたらし、サポーターから慕われることとなります。
この出来事は、監督自身、
さらには、セルティックの未来に、
大きな期待を予期する前兆となるワケです。
●2001年●
2月にレンジャーズとの連戦
(ハンプデンでのリーグ杯準決勝、セルティックパークでの対戦)
で連勝に成功しました。
3月には、リーグ杯でヘンリク・ラーションの、
ハットトリックでキルマーノックを制し、
シーズン初のトロフィー獲得を果たし、
タイトルを維持することに見事成功!
4月の終わりには、残り5試合の時点で、
リーグ・チャンピオンシップを獲得し、
さらにセルティックは、レンジャーズに、
6年ぶりとなるアウエーでの勝利を果たしました。
得点王のラーションは、この試合でなんとシーズン50得点目を記録することになります。
カテゴリー:セルティック:栄光の歴史
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