セルティックFCの歴史 -1990年代後半編-:中村俊輔が所属するセルティックを熱く語ろう!

セルティックFCの歴史 -1990年代後半編-

日本でも中村俊介が在籍していることで人気があり、
長い歴史を誇る名門クラブのセルティック。

ここでは、そんなセルティックの、
1990年代後半についてその略歴をご紹介したいと思います。

●1997年●
1970年にミラノで開催されたヨーロピアン杯にて、
セルティックを下したフェイエノールトのコーチである、
ビム・ヤンセンが、皮肉にもトミー・バーンズに代わり、監督に就任しました。

ヤンセン率いるセルティックは、アイブロックスパークでの、
コカコーラがスポンサーの大会では、ダンディーユナイテッドを下し、
チームを15年ぶりのリーグ杯優勝へと導きました。


●1998年●
引き続き、ヤンセンはクラブを指揮し、
1988年以来となる久々のスコティッシュリーグ杯獲得を果たしましました。
そして、セルティックの記録である9連続タイトル獲得を、
ライバルでもある、レンジャーズから死守しました。

しかし残念なことに、ヤンセンはその直後すぐに監督を辞任してしまいます。
後任監督は国際試合のチェコスロバキア監督で、
経験豊富なコーチでもあった、
ジョゼフ・ベングロシュが新監督に就任しました。


●1999年:●
マッカンは、5か年計画を終了して、4月に辞職しました。
そして、元ブリティッシュエアロスペース代表取締役だった
アラン・マクドナルドが最高責任者に就任しました。

この数ヵ月後には、ベングロシュは退団し、
元イングランド代表プレーヤーの、
ジョーン・バーンズが新監督に就任することになります。

バーンズは、元セルティックの選手だった、
ケニー・ダルグリッシュの下で、ヘッドコーチの任務を引き受けました。
そして、その後、人事担当主幹に就任しています。

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