セルティックFCの歴史 -1970年代編-:中村俊輔が所属するセルティックを熱く語ろう!

セルティックFCの歴史 -1970年代編-

日本でも中村俊介が在籍していることで人気があり、
長い歴史を誇る名門クラブのセルティック。

ここでは、そんなセルティックの、
1970年代についてその略歴をご紹介したいと思います。


●1970年●
ヨーロピアン杯決勝に再度、コマを進めるものの、
ミラノでのこの試合は延長の末、フェイエノールトに敗れてしまいました。

準決勝、リーズとの戦いでは、2戦とも勝利を収めたのですが、
ハンプデンパークでの2試合目は、
なんと133,961人の欧州クラブ最多動員数を記録することになりました。


●1972年●
ヨーロピアン杯準決勝に3回目の進出を果たしたにも関わらず、
パークヘッドでの対インテル戦で、PK戦の末、敗退してしまいます。


●1974年●
9季連続リーグチャンピオンシップ優勝を果たしました。

当時この出来事は、国内タイトルでの世界タイ記録となりました。

チームはヨーロピアン杯準決勝へ4回目の進出となりましたが、
アトレチコ・マドリーに2試合トータル0-2で敗れてしまいました。


●1978年●
1967年のキャプテンだったビリー・マクニールが、
ジョック・ステインに代わって新監督に就任しました。

ステインが率いた12年間
(75~76シーズンの事故による負傷の療養期間は除く)で、
クラブは主要大会でなんと、25回もの優勝を重ねるというすごさでした。


●1979年●
監督就任初年度にして、マクニールは、
クラブをチャンピオンへと導くことに成功させます。

セルティックパークでのクラブ最終戦に於いて、
ライバル・レンジャーズを下すという、劇的な形でのタイトル獲得となりました。


この頃はまさにセルティックの黄金時代といっても、
過言ではないほどの成績をあげていましたね。

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