セルティックから移籍してしまったヘンリク・ラーション
セルティックで、その才能を思う存分、
ファンに見せ付けた名選手、
ヘンリク・ラーション。
ここでは彼の半生についてご紹介したいと思います。
1971年9月20日にスウェーデンのヘルシンボルグにて、
ラーションは生まれました。
長年、地元のチームでプレーしたあと、
1993年にオランダ・フェイエノールトに移籍します。
その後1997年にセルティックのプレーヤーとなりました。
セルティックでは、
2004年にスペイン・バルセロナに移籍するまで、なんと、
7年間で通算315試合出場242得点という、
とてつもない成績を残しています!
01-02シーズンには35ゴールを記録して、
ESMゴールデンシューを受賞しています。
そんなラーションがセルティックの選手として、
初ゴールをキメたのは、実はハイバーニアンとの、
デビュー戦でのオウンゴールでした。
交代選手としてピッチに登場した直後、
相手選手にボールをパスしてしまい、
スコアされてしまったんですよね。
それでもラーションの得点力はあっという間に認知され、
当時レンジャーズの全盛期だったスコットランドリーグにて、
1998年にセルティックを10年ぶりとなるリーグ制覇に導きました。
1999年11月には、
足を骨折する大怪我を負ってしまいますが、
不屈の精神で、リハビリして、
翌年には見事チームへの復帰を成功させています。
そして新マネジャーのマーティン・オニールの下で、
セルティックはスコティッシュプレミア、リーグ杯、
CIS杯の三冠を見事、成し遂げます。
その後、ラーションはファンに惜しまれつつも、
2004年にバルセロナへと移籍しました。
※ラスト試合の後、ラーションは大泣きに泣きました。
ちなみにゴール後に飛行機のように、
両手を広げるパフォーマンスや、舌出しパフォーマンスは、
ラーションのトレードマークですね。
カテゴリー:セルティック:選手名鑑
元セルティックの名選手、ジミー・ジョンストン
以前、セルティックに在籍していたことがある、
ジミー・ジョンストンという名選手をご存知でしょうか。
彼は、2002年9月に、
セルティックサポーターのオンライン投票で、
「セルティックで史上最も偉大な選手」
にも選ばれた名選手です。
ここでは、そんなジミー・ジョンストンについて、
お話をすすめたいと思います。
1944年にスコットランド・グラスゴーの南に位置する、
アディングストンにて、ジョンストンは生誕しました。
そして、
1961年にセルティックの選手となります。
1965年に、
ジョック・ステインが監督に就任し、
それから、段々とその力を発揮するようになります。
そして、ジョンストンはセルティックを、
1966年から1974年まで、なんと9年連続でリーグ優勝に導いています。
ジョンストンは、素晴らしい試合の数多くに出場していますが、
なぜ、彼が絶大な信頼を得ているかと言いますと、
ライバルのレンジャーズ戦で大活躍をしているからなんです。
結局、ジョンストンは515試合もの試合出場を果たし、
ゴール数も129得点を稼いでいます。
1975年にセルティックを退団して、
その後も複数のクラブでプレーをしていますが、
やはり、セルティック時代が彼の最盛期だったのではないでしょうか。
ジョンストンはプレーヤーとしてはもちろん偉大でしたが、
引退後もそのユーモア溢れる人柄で、
多くのセルティックサポーターに愛され続けました。
その後、運動神経系障害で、
2006年3月にジョンストン永眠。
同年3月にCIS杯決勝で勝利し、
その優勝セレモニーに於いて、セルティックの選手全員が、
ジョンストンがつけていた背番号7をつけてカップを受け取っていました。
こんなエピソードからも、
彼が本当に愛されていたのかが分かりますよね。
カテゴリー:セルティック:選手名鑑
セルティック元キャプテン、ニール・レノンについて
日本のサッカーファンの間で、人気の高いセルティックですが、
印象に残る選手が本当にたくさんいますよね。
残念ながら、先日移籍してしまいましたが、セルティックの
キャプテンを務めていたニール・レノンも例外ではありません。
ニール・レノンは、
元北アイルランド代表のMFで36歳の大ベテランです。
プレイスタイルは安定した守備を誇るタイプの選手で、
パスは正確とはいっても、それほどリスクを負う、
ロングフィード、サイドチェンジは見られませんし、
ドリブルも滅多にしません。
シュートを打つことも本当に稀です。
ミドルシュートでゴールを決めた時は、
サポーターの盛り上がりが特に凄く、
選手でさえも驚いたような表情で喜びの輪を作ったこともあります。
時には守備のときに気が抜けてしまい、
相手をルーズにしてしまうこともありますが、
相手を荒々しく潰すのは、得意中の得意です。
レノン最大の売り物は、
チームと言う意味での彼の存在感の大きさだと思います。
敵味方を問わず、怒鳴り散らすなど、
威圧的なプレイスタイルは個性的な武器であり、
チームの起爆剤にもなっています。
ですがその強すぎる個性がアダとなり、
試合中に熱くなりすぎてカードをもらってしまう!
というデメリットもあるのですが。
まさしく一芸をもった選手といえるでしょう。
日本で言えば、そうですね、
鹿島アントラーズの本田泰人(攻撃力が無い)と、
柱谷哲二(闘将。熱い。)をミックスさせたような選手。
と、個人的には思っています。
輝かしいプレーはなくても、
ピッチ上で垣間見せる泥臭いまでの人間性は、
セルティックサポーターの心を熱くさせてくれたと思います。
そんなレノンの退団は本当に惜しいですよね。
カテゴリー:セルティック:選手名鑑
ゴードン・ストラカン(セルティック監督)とは?
「中村俊輔獲得に動いた男」
として、セルティックの監督ゴードン・ストラカンさんは、
日本のサッカーファンの間でもとても有名だと思います。
その、ゴードン・ストラカンさんは、
2005-2006シーズンからセルティックの監督に就任しています。
では、ゴードン・ストラカンさんはとは、
一体どのような監督なのでしょうか?
まずはその生い立ちから見ていきましょう。
ストラカンさんが、小学生の時のことです。
ストラカンさんは、誤って、ペンを右目に突き刺してしまいました。
それがもので、視力障害を負ってしまい、
ほとんど失明状態だったそうです。
しかし不屈の精神でストラカンさんは、
サッカーの選手になりました。
現役時代は、その事実を隠し通したままプレイを続け、
イングランド年間最優秀選手を獲得しました。
さらには、スコットランドサッカー協会殿堂という、
栄誉を獲得するほどの選手になりました。
もちろん、片目が半分見えない状態で、
これだけの栄誉を手にした選手は、ストラカンさんただ一人です。
そして、現役引退後は、
プレミアリーグ・サウサンプトン監督を経て、
2005-20006シーズンからセルティックの監督に就任しました。
現役時代はセルティックでのプレー期間はないのですが、
様々なクラブでプレーをして、そのプレースタイルは右サイドの
技巧派プレイヤーとしての名声を得ていました。
セルティックの監督就任後は、
わずか1年でリーグ戦優勝と欧州CL出場権獲得を果たします。
(スコットランド代表でも50キャップを重ねた実績があります。)
翌06-07シーズンも、2位レンジャーズに圧倒的大差をつけて首位を独走。
そのままの大差を維持して、リーグ連覇を達成しました。
このシーズンのCL予選では、
マンチェスターユナイテッドをホームで撃破するなど、
見事CLベスト16に進出しています。
これらの手腕が評価されることになり、
2006年、2007年に2年連続国内最優秀監督賞を受賞しています。
カテゴリー:セルティック:選手名鑑
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